2026年3月 南三陸漁業支援ボランティアツアー②

(高倉荘からの日の出。初参加者さんに教えるリピーターさん、素敵な光景ですね)

昨晩のこと。明日の作業はどんなことをすればよいか、現地の漁師さん達に連絡したところ、こんな言葉が返ってきました。

「明日は強風が吹くから船は出せない。小屋での作業をお願いしたい。」

昨晩高倉荘で夕ご飯をいただいた時間帯は、風ひとつなく穏やかな雰囲気でした。ところが・・・日付が変わりそうな未明のことです。

急に暴風が吹き始めました!!部屋が揺れるほどの強さで、参加者さんも「地震が来たのかと思った」と恐怖するほど!日の出の画像からは想像できないほど、まさしく突風が吹き荒れた夜半でした。

漁師さん達がワカメの収穫に船を出すのは深夜4時頃。早い方だと3時前に出港することもあるそうです。ワカメは水揚げすると「太陽の光」と「気温の上昇」によって傷んでしまいます。日が昇る前に刈り取って、早朝から浜茹でやメカブ削ぎの作業を行うべく、早朝に船出するのです。その時間帯に吹き荒れた強風は、まさしく漁師さん達の命を奪いかねないものでした。日の出を見ながら高倉荘のお父さんと会話したところ「昔からこの突風が吹くと、船が転覆して命を落とす者がいた。」とのこと。漁師さん達はこれを察知していたのですね。

従って、2日目のメカブ削ぎ作業はなくなりました。朝食時のブリーフィングでベテランリピーターからは残念がる声が聞こえましたが、漁業は自然を相手とするもの、ましてや命の危険がある天候で漁に出るのは無謀極まりないこと。それを丁寧に説明し、参加者の皆さんには納得いただきました。当団体の参加者さんは理解ある方が多くて有り難いことです。

メカブ削ぎがなくなったとはいえ、ワカメ収穫作業は山積みです。高倉荘を出発し、当団体がいつも作業する寄木漁港へ到着。現地の漁師さんは「待っていました」とばかりに出迎えてくださり、4班に分かれて各所の作業小屋へと向かいます。

漁師Kさん親子や親戚の方に加え、個人的に手伝いへ来るIさんの姿も。Iさんは私達の活動にも帯同いただいたことがあり、リピーターさんにも顔なじみ。久しぶりにお会いしたリピーターさんも「あ、ご無沙汰です♪」の一言で済むくらい、馴染みの方が参戦してワイワイと作業に取りかかります。

漁師Yさんや他の作業小屋でも続々と作業を開始します。皆さん、塩蔵ワカメの仕込作業なのですが、漁師さんそれぞれの家でそれぞれの方法があります。ワカメを並べる・揃える・紐で結ぶ・芯抜き・カット・袋詰めなど、ひとつのワカメを商品化するまでに様々な工程があります。私達は持ち場に割り当てられた漁師さんの「やり方」に合わせて作業していきます。何年も通うリピーターさんともなると「あの家はこのやり方だよね」と瞬時に対応、バラエティに富んだ作業も難なくこなしていきます。

参加者のうち、お二人だけは少し離れた作業小屋へ移動します。5m超の防潮堤を横目に見ながら、着いた場所で行う作業は、ワカメではなく「ヒジキ」がお相手。ヒジキは養殖できるものではなく、天然のものを収穫してきます。乱獲を防ぐため「開口日」と呼ばれる収穫して良いと指定された日に取ってきます(開口日以外で取ると密漁)。このヒジキを煮込み、それを乾燥させた後、ゴミや異物を丁寧に取り除いて袋詰めしたものが市場に出回ります。この除去作業がとても手間が掛かるのです。漁師さんいわく、手間が掛かりすぎてヒジキをやめる方が多いのだとか。

作業を一旦終えてランチタイム。作業のご褒美として、蒸し牡蛎や茎ワカメなどを振る舞っていただきました。何と贅沢な!

ヒジキの作業をした漁師Cさんの小屋では、わざわざ買い出しにいってチキンとシュークリームという、とても不思議な組み合わせの差し入れをいただきました。ずっとしゃべっている漁師Cさん、昔はとても寡黙な方だったのに、こんなに冗舌でしたっけ?笑

お昼を食べてからも作業は続きます。午後に入るとちょっと作業の中身も変わりました。

今回、私自身が10年近く南三陸町に通って初めて知り得たことがありました。漁師Yさんと二人でコーヒーを飲みながらの会話。作業小屋には見慣れない方がいらっしゃいました。どうやら娘さんのようで、私も初めてお会いしました。何だか雰囲気がお父さんとそっくりです。その漁師Yさんからポツリと一言。

「あいつな、津波でダメだったかもしれなかったんだ。」

発災当時、南三陸町の中心部である志津川にいたそうです。車で走っていたところ、高台から「逃げろ!!」と声を掛けられ、車を捨てて慌てて高台へ逃げた瞬間、町を津波がのみ込んでいき間一髪助かったとのこと。しばらく当人と連絡がつかず漁師Yさんは「ダメかもしれない」と覚悟を決めたそう。避難所で再開したとき、本当に嬉しくてたまらなかった、と。

たまたま当人がいたから話してくれただけかもしれません。それでも私自身、話してくれたことに対して、嬉しさと感動がありました。発災当初、当団体代表が現地に入り、避難所で知り合った漁師さん達は皆、心を開いてくれるまでに数年を要したと語っています。心の傷はあまりにも深く、かける言葉はなく、ただ寄り添うしかなかったのです。

今回、漁師Kさんも漁師Cさんも、震災当時の話をしてくれました。津波はこの辺まできた、何とかあそこまで逃げてきた、小屋は流されてしまったがI大工さんがこの小屋を建ててくれた・・・など。このツアーを続け、漁師さんとの交流を続けることの意義を、改めて見出した気がしました。

休憩時間にはリピーターTさんによるワカメ講習。今回現物がなかったのでスマホの映像を見せながらの講義。ご厚意とはいえ、こうした交流も当団体ツアーならではの光景ですね。

今回南三陸町を初訪問の方が2名おり、昨日震災遺構を視察できなかったため、南三陸町の震災遺構「防災対策庁舎」を視察しました。庁舎を眺める場所が元々の南三陸町があった土地の高さ。バスで走る道路や車窓から見える町並みは、全て嵩上げされて出来た土地であることを説明します。防災対策庁舎の周辺は公園として整備され、当時の面影を残すものは僅かとなりましたが、実際にこの場に立つことで、この町に起きた出来事を感じ取っていただければ幸いです。

本日の作業を終えて、高倉荘へと帰ります。未明から吹き荒れた風はすっかりおさまり、昨日と同様に志津川湾は沈む夕日でキラキラと輝いていました。そして漁師さんからの朗報です。

「明日はメカブ削ぎだよ。沢山刈ってくるから頼むね。」

南三陸町では3月に入ってずっと時化が続き、ワカメ収穫が出来ない日が何日も続いたそうです。10日以上、船を出せなかった日があり「こんなことは今までにない」と仰っていました。これも地球温暖化のせいなのでしょうか。また年明けから雨が少なく、川から流れ込む養分が少なくなっているとのこと。自然は人間の手で制御することはできません。漁師さんが一番気になるのは「明日の天気はどうだろうか」なのです。なぜなら、自然を相手にするのが生業であり、生活がかかっているのですから。

明日はここ数日のうっぷん?を晴らすべく、漁師さんは皆気合いが入っているようですが、それもそのはず、聞いたところ明日はメカブの買い取り価格が過去最高とのこと。これはお手伝いする私達も気合いを入れて臨まなくてはなりませんね。

一日働いて、お腹が減りました。高倉荘は今宵も豪華な料理です!画像右はイシモチの塩焼き。私自身、小さい頃から食べている馴染みの魚ですが、こんなに大きいイシモチは見たことがありません。

本日のメインは「鱈汁」。一人前がこのサイズって、どれだけ大きい鱈なのでしょうか。

たくさん食べて、明日の作業に備えます。今夜は風も穏やかで、皆さんもゆっくりお休みできることでしょう。いよいよメカブ削ぎ本番です。

3日目へつづく。

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