2026年3月 南三陸漁業支援ボランティアツアー①

(南三陸町志津川湾の夕暮れ時)

東日本大震災および福島第一原発事故の発災から15年が経過しました。3.11が近づくとメディアの報道が急に増えるのはすっかり定番となりました。人は物事を忘れる生き物であり、未曾有の大災害でも年々人々の記憶から薄らいでいってしまいます。私達が被災地を忘れない、忘れさせないとの想いから、現地と寄り添い続ける活動も16年目を迎えることとなりました。

3月は南三陸町に春を告げる「ワカメ収穫」がピークを迎えます。漁港では浜茹での湯気が立ち上り、早朝から家族総出でメカブ削ぎ、作業小屋では塩蔵ワカメの仕込作業など、人手はいくらあっても足りません。私達は2月に続いて3月もボランティアツアーを催行し、漁師さん達のお手伝いに向かいます。

毎年3月のツアーは恒例となった「メカブ削ぎ」作業を求めてリピーターさんが集結します。メカブ削ぎは誰でも簡単に出来る作業ながら、必ず人の手でないと出来ないものであり、多くの人手を要します。今回はスタッフ・運転手を含め13名で鍛冶橋駐車場を出発、現地で2名合流し、計15名でのツアー催行となります。

出発時、東京はあいにくの雨。8時過ぎに出発したものの、高速道路に乗って間もなく事故渋滞に巻き込まれました。ここ最近のツアーでは久しぶり。事故現場を通過した際は車4~5台が衝突した大きな事故だったようです。私も時々車を運転しますが、交通事故には十分気をつけないといけませんね。今回もバス運転を依頼した「NPO法人ボランティアサポートさいたま」藪下さん、初っぱなから渋滞で負担を掛けてしまいましたが、3日間安全運転でお願いいたします。

事故渋滞を抜けるのにおよそ1時間。長距離運転では2時間毎に休憩を取らなくてはならないため、1回目は茨城県の谷田部東PA、2回目は福島県のいわき四倉PA、いつもとは異なるパターンで休憩を取ります。特にいわき四倉PAは初めて立ち寄ります。

福島県いわき市は東北でも三本の指に入る大きな町で、原発事故の直後、多くの住民がいわき市に避難して、そのまま移住したと言われています。いわき市は原発から60kmほど離れてはいますが、都市機能が充実していることに加え、工業団地が多く貿易が盛んな小名浜地域、常磐ハワイアンズを中心とした湯本温泉、「常磐もの」というブランドで名高い魚介類など、同じ福島県沿岸(通称「浜通り」)として住みやすい環境にあったからこそ移住者が多かったのでしょう。

然し、そのいわき市も2019年、台風19号によりいわき市中心部を流れる夏井川(上記画像右)が氾濫、大規模な災害に見舞われました。画像の場所も護岸工事された跡が見られます。当時私は災害復旧ボランティア活動に参加しましたが、町のど真ん中に豪雨の爪痕があった光景が忘れられません。日本はどこに住んでいても自然災害に襲われる可能性が高い国。日頃からの防災意識が必要だと実感いたします。

お昼近くになってようやく福島県沿岸地域へ到着。高速道路を降りて国道6号線から福島第一原発の近隣を視察します。

私達のツアーでは、原発の近隣にある福島県沿岸地域を必ず視察します。発災から15年経過し、帰還困難区域が徐々に解除され、少しずつではありますが住民が戻ってきました。とはいえ道路脇には未だにバリケードが設置されている箇所があります。また津波が到達した場所は居住禁止となっているため、何にも活用されていない土地が海岸沿いには広がっています。場所によっては公園などに整備されつつありますが、肝心の「住民」がいない町にたとえ公園を作ったとしても、果たして「賑わい」を取り戻すことはできるのでしょうか。

スタートで1時間ロスしたため、本来は福島県浪江町の震災遺構「請戸小学校」を視察する予定でしたが、残念ながら現地へ向かう時間を優先するため、お昼休憩のため「道の駅なみえ」に立ち寄ります。

道の駅に着いた途端、驚きの光景!

何と、人・ひと・ヒト!あふれかえっているではありませんか!

どうやらギネス世界記録への挑戦として「なみえ焼きそばの試食イベント」が行われていました。沢山のテントが並び立ち、イベント参加者による大行列、各地域から名産品を持ち寄った出店も並び、かつてない賑わいを見せていました。復興の拠点として道の駅ができたのは5年前。当団体ツアーも昼食のために何度も立ち寄りましたが、ここまで混雑していたのは初めてです。一般の方にとっては「混雑してひどいなぁ」と思うかもしれませんが、この浪江町も15年前に全町民が避難を余儀なくされた町なのです。数年前まで帰還困難区域が広がり、町を歩く人が誰一人見かけられず閑散とした町が、これほどまでの賑わいを取り戻したことは、私達にとっても大変に感慨深いものがあります。

せっかくなのでイベントの出店からお昼を購入。いつも同じメニューばかり食べていたスタッフも、これ見よがしとばかりに出店へと並びます。初めて参加する方は食堂で名物「しらす丼」をほおばっていました。

私もつられてイカの丸焼きをガブリ 笑

道の駅なみえでたっぷり休憩した後、事故渋滞の遅れを取り戻すべく南三陸町へ直行。初めて南三陸町を訪れる方には、スケジュールを変更して明日震災遺構の見学時間を取ることにしました。

スケジュール変更が功を奏して、ツアーでお世話になる南三陸町歌津にある民宿「高倉荘」には、普段のツアーとほぼ同じ時間帯に到着することができました。

「渋滞で大変だったろうねぇ。まぁゆっくり休まいん。」

高倉荘のお父さん・お母さんに迎えられ、到着早々、夕ご飯の時間となりました。

いつもながらに豪華なお料理です!

画像左:高倉荘名物「どんこ汁」  画像右:メバルの煮付け

高倉荘のお母さんが「良いどんこが手に入ったので」と謙遜していましたが、参加者Tさんが「お母さんはあのように軽く言ったけど、私達を出迎えるために仕入れてきたんだと思う。本当に嬉しいよね。」と一言。確かにその通りかもしれませんね。高倉荘のお父さんは「せっかく遠いところまでわざわざ来てくれたのだから、たくさん食べていって欲しいんだ」と常々語ります。そのおもてなしの心遣い、本当に感謝です。

今回も「ワカメしゃぶしゃぶ」をいただきました。春のこの時期だけに味わえる、特別なお料理。皆さん、ワカメって本当は「褐色」なのですよ?湯通しして初めて鮮やかな緑色になるんです。海藻って不思議ですね。

お腹一杯になりましたので、明日の作業に備えてゆっくり休みましょう。

長時間のバス移動、大変お疲れさまでした。

2日目につづく。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です