2026年2月 南三陸漁業支援ボランティアツアー②

ツアー2日目。高倉荘からの日の出は絶景です。

遠くから船のエンジン音が聞こえます。漁師さん達は夜が明ける前から沖に出て、ワカメの収穫作業を行います。2月としては比較的暖かく、天気は良好で絶好の作業日和ですね。

今回は人数も揃っていますので、「寄木」「泊浜」の二箇所に分かれて活動します。前日のうちに漁師さん達にコンタクトして、本日の作業は「メカブ削ぎ」から始めることが決定しました。メカブ削ぎはワカメ収穫においても最も人手を要する作業で、春先のシーズンピークには老若男女、一家総出で取りかかるほど、大変な作業となります。

身支度を調え、いざ出発です!

泊浜でメカブ削ぎに勤しむKくん。

寄木では、いくつかの班に分かれて、漁師さん達がそれぞれ収穫してきたメカブを削いでいきます。メカブ削ぎは初心者でも簡単に出来る作業なのです。見た目は彫刻刀のようなメカブ削ぎ専用の道具を使って、ワカメの芯からメカブを削ぎ落としていきます。スルゥーーッと削ぐ感触は、やみつきになります(笑)

「メカブ削ぎって楽しい~」「上手く削げたときの感触は最高~」

初めてメカブ削ぎ作業をした方は、未知なる体験に驚きを感じることでしょう。毎年メカブ削ぎだけに参加するリピーターさんもいるほど、一度体験すればハマります。

リピーターTさんは漁業に関して豊富な知見を持っており、ワカメに関する講義をお願いしました。

「ワカメ」と「メカブ」は同じものなのですよ(笑)

メカブ削ぎを終えて、今度は漁師さん達の作業小屋で塩蔵ワカメの作業に移ります。

塩蔵ワカメの作業と一言でいっても、多種多様にあります。ワカメを作業しやすいように並べて揃える、一定の方向に束ねて万丈篭へ入れる、揃えたワカメを作業しやすいように山積みするなど、一見すると意味のなさそうな作業でも、漁師さん達にとってはいかに効率よく作業できるか長年工夫して編み出した工程。ワカメひとつ一つが「収入源」であり、皆さん真剣に取り組んでいます。

今年のワカメは昨年と比較して出来が良いとのこと。昨年は海水温の上昇や時化の連続で収穫量が少なく、漁師さん達が浮かべる苦悶の表情に、私達は胸が痛みました。ワカメ養殖は自然が相手であることは重々承知しているのですが、それを生業とする漁師さん達の心情、重圧、たった一言「出来がいい」という言葉に込められた安堵感、私達には計り知れないものがあります。

作業の合間に休憩、いわゆる「お茶っこタイム」です。普段は家族・親戚・知人などで日々黙々と作業している作業小屋、私達が訪問すると一斉に会話の花が咲き、賑やかになります。初めての場所、初めての方々と一緒に不慣れな作業で緊張していた参加者さんも、このお茶っこタイムで堅さがほぐされます。震災直後、何もかもが津波に流され失意のどん底にいた漁師さん達、作業の合間でお茶っこしながら会話は弾むものの、その笑顔の裏側にある心の傷跡に、胸が苦しくなったことを覚えています。

お茶っこタイムでの出来事。

漁師さん「時計が動かなくなったんだけど、直せるかねぇ?」

参加者さん「説明書はありますか?」

漁師さん「読んでもわかんねぇし、買ってすぐ捨てた(笑)」

参加者さん「じゃあ、調べながらやってみますね」

スマホ片手に次々と調べ、あーでもない、こーでもない。それから程なくして、あっという間に直りました。

参加者さん「直りました!!」

漁師さん「おおぉ~~、助かったよ、ありがとうな」

これこそまさにボランティアの真骨頂ですね。

夕方、今日の作業に区切りを付けて、南三陸町の震災遺構「防災対策庁舎」を訪れます。

一日作業した寄木からバスに乗車し、町の中心部である志津川地区へ。

車窓を眺めながら私達はこう説明します。

「いま走っているこの道路。実は、昔の町があった場所から数m嵩上げされています。」

防災対策庁舎が立っている場所、これが震災以前に町があった高さ。3階建てのビルがすっぽり覆われてしまうほど、嵩上げされています。復興事業により海岸線には防潮堤が張り巡らされ、津波で浸水した場所は居住が認められず、住むためには嵩上げするしかない。復興の過程を時系列で見てきた私達には、その変化の度合いを理解できていますが、初めて南三陸町を訪問された参加者さんには、自身がいま立っている場所の数m下に元々の地面があったことは想像がつかないことでしょう。こうして震災遺構を訪れることで皆さんへお伝えすることができるのです。

むき出しの鉄骨。ひしゃげた外階段の手すり。命を繋ぎ止めた屋上に立つアンテナ。その屋上に避難した30人の職員、津波が引いた後に助かったのは僅か10人。町内で800超もの犠牲者を出した津波被害、その教訓として後世に残したい、見るたびに辛い思いが蘇るから取り壊したい、当時住民の意見は真っ二つだったそうです。結論として「後世に残す」と決断し、現在に至ります。活動報告の冒頭、震災の記憶は徐々に薄らいでいると申しましたが、私達のような立場において過去の出来事を次世代へと繋ぐ「難しさ」を、改めて実感するようになってきました。住民の皆さんが選んだ「残す」「語り継ぐ」という想いを無駄にせぬよう、少しでもお役に立てるよう私達も活動を続けてまいります。

防災対策庁舎を見学し、近隣にある「南三陸さんさん商店街」で買い物をして、高倉荘へと戻ります。慣れない作業で皆さんお疲れのことでしょう。お父さん自慢の料理をいただき、お風呂につかって、普段よりちょっと早めに就寝。ゆっくり休んで明日の作業に備えます。

鱈フライ、スズキの粕漬け焼き、ベビーホタテの吸い物、白石温麺など、今夜も豪華です!

明日はどんな作業になるのでしょうか。

2日目に続く。

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